相続人が複数いる場合の不動産売却手順【宅建士が解説】
相続人が複数いる場合、不動産の売却には全員の合意と遺産分割協議が必要です。登記・協議・売却・代金分配まで、宅建士が実務視点で手順をわかりやすく解説します。
💡 この記事は宅地建物取引士が執筆・監修しています
**この記事の範囲:** 宅建士の立場から、複数相続人がいる場合の不動産売却の実務手順を解説します。遺産分割協議書の作成・相続登記は司法書士へ、相続税・譲渡所得の申告は税理士へ、相続人間の紛争・調停は弁護士へご相談ください。
複数相続人の不動産売却は「合意形成」が9割
「相続人が5人いて、全員の同意が取れるか不安です」——こういった相談は、実務上よく受けます。
複数の相続人がいる場合の不動産売却が難しいのは、技術的な手続きよりも人間関係の調整にあります。売却の法的手順そのものは整理しておけばそれほど複雑ではありません。ただ、相続人の一人でも「売りたくない」「価格が不満」「分配割合に納得できない」という声が出ると、手続き全体が止まります。
この記事では、相続人が複数いる場合の売却手順を順に整理します。どこでつまずきやすいか、どこに専門家を入れるべきかを実務視点でお伝えします。
前提:共有不動産は勝手に売れない
相続が発生すると、遺産分割が完了するまでの間、不動産は相続人全員の「共有状態」に置かれます(民法第898条)。この状態では、相続人の一人が単独で不動産全体を売却することはできません(民法第251条)。
ただし、自分の「持分」だけを売ることは法律上は可能です。とはいえ、共有持分だけを買う第三者はほぼ存在せず(一部の買取業者を除く)、実質的には共有者全員の合意なく売却を成立させることは困難です。
つまり、複数相続人がいる場合、全員が「売る」「誰がいくら受け取るか」に納得するまで売却は動けません。この認識を最初に持っておくことが重要です。
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売却の全体手順
相続人全員を確認する
まず、被相続人(亡くなった方)の相続人が誰かを正確に把握します。
戸籍は、被相続人の出生から死亡までを追う必要があります。離婚歴がある場合・認知した子がいる場合・養子縁組がある場合など、戸籍を辿ると想定外の相続人が見つかることもあります。「知らない相続人が後から現れた」というケースは珍しくありません。
法定相続人の範囲は民法で定められています(民法第887〜890条)。配偶者は常に相続人となり、子・直系尊属・兄弟姉妹の順に相続権が発生します。法定相続分の確認と相続人全員の把握は、司法書士に依頼すると確実です。戸籍の収集・相続関係説明図の作成も一括で対応してもらえます。
遺産分割協議を行う
相続人が確定したら、誰がどの遺産を引き受けるかを全員で話し合います(遺産分割協議)。不動産の売却についても、この協議の中で方針を決めます。
主な決め事は次の3点です。
- 不動産を売却するかどうか(売却・現物分割・共有継続など)
- 売却代金をどう分配するか(法定相続分どおりか、別途合意するか)
- 売却に関する事務手続きの担当者(誰が窓口になるか)
協議が成立したら「遺産分割協議書」を作成し、相続人全員が署名・実印を押します。この書類が後の登記変更・売却契約の根拠となります。
なお、遺言書がある場合は協議が不要になることもありますが、遺留分(民法第1042条)を侵害する内容の遺言には相続人から異議が出ることがあります。遺言書の内容に疑問がある場合は、弁護士にご相談ください。
相続登記を行う
遺産分割協議が整ったら、不動産の名義を被相続人から売却名義人(代表の相続人または全員)に変更します。これが相続登記です。
2024年4月1日から、相続登記は義務化されています(不動産登記法第76条の2)。相続開始を知った日から3年以内に登記申請をしなければなりません。なお、2024年4月1日より前に発生した相続で未登記のものも義務化の対象となっており、その場合は2027年3月31日までに登記が必要です(出典:法務省「相続登記の申請義務化について」)。正当な理由のない遅延には10万円以下の過料が科される場合があります。
売却前に登記を済ませておくのは義務だけでなく実務上も不可欠です。買主は名義が確定していない不動産を買えません。相続登記の申請は司法書士が対応します。
不動産会社に査定を依頼する
登記の目処がついたら、複数の不動産会社に査定を依頼します。
相続不動産の売却で「1社だけに頼む」のは避けてください。複数相続人がいる場合は特に、査定額の根拠を他の相続人にも説明できる材料が必要です。1社しか見ていないと「もっと高く売れるのでは」という疑問が出て協議がやり直しになることがあります。
複数の不動産会社から査定書を取り、相続人全員で内容を確認してから媒介契約を結ぶことをお勧めします。売却方法(仲介か買取か)や価格の方向性も、この段階で全員の合意を取っておきましょう。
売却契約・引き渡しを行う
媒介契約を結んだら、通常の売却活動に移ります。買主が決まったら売買契約(重要事項説明・売買契約書の締結)を行い、引き渡しで完了です。
売買契約書への署名・捺印は、原則として名義人全員が行う必要があります。遠方の相続人がいる場合は、委任状を使って代理人が代行する方法もあります。委任状の形式・必要書類については不動産会社が案内してくれます。
売却代金は原則、遺産分割協議で決めた分配割合にしたがって各相続人に支払われます。
税金の確認:二つの申告を忘れずに
複数相続人で不動産を売却した場合、税務上の申告は各相続人が個別に行います。
譲渡所得税(所得税・住民税)は、売却益が出た場合に発生します。各相続人が自分の持分に対する売却益を確定申告します(出典:国税庁 No.3208「長期譲渡所得の税額の計算方法」)。
相続税を支払っている場合は「相続税の取得費加算の特例」が使える可能性があります(出典:国税庁 No.3267「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」)。相続開始のあった日の翌日から相続税申告期限の翌日以後3年を経過する日までの売却が対象です。期限を過ぎると適用できないため、早めに税理士に確認してください。
また、相続した空き家の売却には「被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除」が適用できる場合があります。上限は原則3,000万円ですが、2024年1月1日以後の譲渡で相続人が3人以上いる場合は控除上限が2,000万円に引き下げられます。複数相続人のケースでは特に注意が必要な点です。また、要件として「相続時に被相続人が一人で住んでいたこと」「耐震基準を満たす建物であること(または解体済みであること)」などがあります(出典:国税庁 No.3306「被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例」)。適用可否・控除額の計算は税理士にご相談ください。
合意が取れない場合の対処法
相続人全員の合意が得られず売却が進まないケースでは、次の選択肢があります。
調停・審判による遺産分割
家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てることで、第三者(調停委員)を介した話し合いの場を設けることができます(家事事件手続法第244条)。調停が不成立の場合は審判に移行し、裁判所が分割方法を決定します。
ただし、調停・審判には時間とコストがかかります。申し立て前に、弁護士に相談して見通しを確認することをお勧めします。
共有物分割請求
遺産分割とは別に、共有名義となっている不動産については「共有物分割請求」という手続きが利用できる場合があります(民法第258条)。競売や価格賠償など、裁判所の判断で共有を解消する方法です。個別の状況によって手続きの可否や適切な方法が異なるため、検討段階から弁護士にご相談ください。
いずれも、最後の手段として捉えてください。実務上は、当事者間で直接話し合いを続けるか、第三者的な立場の司法書士・弁護士を介することで解決するケースが多いです。
複数相続人のケース別確認事項
| ケース | 主な注意点 | 相談先 |
|---|---|---|
| 相続人の一人が行方不明 | 不在者財産管理人の選任が必要になる場合があります(民法第25条) | 弁護士・司法書士 |
| 相続人に未成年者がいる | 親権者と未成年者が共同相続人の場合は利益相反となるため、特別代理人の選任が必要(参考:裁判所「特別代理人選任」) | 司法書士・弁護士 |
| 相続人に認知症の方がいる | 成年後見人の選任が必要になる場合があります | 弁護士・司法書士 |
| 相続人が海外在住 | 委任状の取得・在外公館での手続きが発生 | 司法書士 |
| 法定相続分と異なる分配にしたい | 遺産分割協議書への全員署名が必要 | 司法書士 |
まとめ
複数相続人がいる場合の不動産売却は、合意→登記→売却→分配の順に進みます。どのステップも「全員の意思確認」が前提です。
よくある失敗は、一部の相続人だけで話を進めて後から反発が出るケースです。少し手間でも、早い段階で全員を集めて方針を確認しておくと、後のトラブルを防げます。
売却の手順や書類については不動産会社が説明できますが、遺産分割協議書の作成・登記は司法書士、税務申告は税理士、紛争が生じた場合は弁護士と、専門家を使い分けることが重要です。
無料診断ツールで現状を整理してから、不動産会社への相談を始めてみてください。
*この記事は宅地建物取引士(雪下 智且)の監修のもと作成しています。内容は2026年3月17日時点の情報に基づきます。法令・制度は変更される場合があります。遺産分割協議書の作成・相続登記の申請は司法書士へ、相続税・譲渡所得の申告は税理士へ、相続人間の紛争・不在者財産管理・成年後見は弁護士へご相談ください。個別の物件状況・権利関係・手続きは専門家の確認を受けることをお勧めします。*